いとしや佐伯本店の歴史UPDATE. 2021.9.30
いとしや 佐伯本店
店舗情報
住所:佐伯市城下西町1番13号
電話番号:0972-23-3528
営業時間:9時~18時
定休日:水曜日・木曜日
※こぼれ話
実はいとしや佐伯本店の電話番号は、現在の0972-23-3528と数年前まで0972-23-5959の二つありました。
現在のように短縮ダイヤルがない時代、電話番号を多くのお客様に覚えて頂くために、メッセージを乗せることが流行っていました。『3528=産後には、いとしやへ行く行く=5959』笑。
当時は新たな命の誕生の際に、お母さんや赤ちゃんのために快適な寝具をお求めになるお客様が多くいらっしゃいました。また、誕生・就職・結婚・新築等、人生のお祝い事の度に、寝具を新調する慣習もありました。長い人生の節目節目にいとしやを思い出してもらいたいという先代の気持ちが電話番号にも込められています。
そして、いとしや佐伯本店はまさに、佐伯の皆様に愛され、佐伯の皆様に育てていただいたお店なのです。
品揃え(取扱商品)
眠具と生活雑貨
- 心地良く眠るための道具
掛け布団・敷き布団・枕・ベッドマットレス・敷きパッド・ブランケット(毛布)・ベッドフレーム・各種カバーリング・座布団・パジャマ・羽毛布団リフォーム・綿布団打ち直し等
- 眠りの本能に働きかける香り
アロマオイル・アロマキャンドル・アロマポット・お香・ルームスプレイ
- メラトニンの分泌をサポートする灯り(1/fゆらぎ)
キャンドル・キャンドルホルダー・ランプ
- リラックス&リフレッシュ飲み物
ゆずティー・ローズティー・セーデルブレンドティー・ハーブティー
- 心地良い癒しの音(BGM)
ヒーリングCD・波動スピーカー(紹介のみ)
- 穏やかな空間を演出するインテリア雑貨
フラワーベース・観葉植物・アートギャッベ・タオル・石鹸・バスソルト・オーガニックベビー用品・エプロン・スリッパ etc…
※全ては寝る前(アフター9、夜9時以降)のリラックス空間を整えるためのアイテムたちです。
世の中にはたくさんの寝具や生活雑貨がありますが、いとしやで扱う商品は、「安さ」や「効率化」「表面的な可愛さ」のみを求めた商品ではなく、いとしや独自の基準により選びぬいた全てが「快適な眠り」へつながるモノたちです。
いとしや基準で大切な「コト」を中心に引き算をした結果、環境に配慮し、シンプルで色あせず長く心地よい時間をともにできるモノたちが調和し並びます。
また、いとしや佐伯本店にある商品の1つ1つは、心地良く眠るための1パーツにしか過ぎません。これらのパーツをお客様の現在そして未来の生活環境や体格、体質、習慣等にフィットするように、個々に組み合わせて(コンビネーションを)ご提案するのが私たちの仕事です。
ご来店の際は、是非お客様のお悩みなど、ご自身のコトについてお聞かせください。眠りのプロとして、お客様の快適な眠りをサポートするために、末長く寄り添うことができれば幸いです。
いとしや佐伯本店の歴史
いとしや佐伯本店は、2021年1月にリニューアルオープン致しました。
振り返れば、いとしやは昭和30年に母方(大杉)の祖父が立ち上げた「株式会社 協栄商会」に始まります。祖父はここ大分県佐伯市で、布団の生地となる綿を中心に、足袋やサラシを扱う昔の雑貨の卸売業を営んでいました。
大分県第三の街、漁師町佐伯。当時は掛け払い(ツケ払い)が当たり前で、お金に関してもどんぶり勘定が当たり前の時代。佐伯の皆様の生活のために一生懸命に働いていましたが、経営状態はそれほど良いとはいえなかったようです。
そのころ、大阪の薬問屋で商いを学んでいた2代目(父)は、祖父の長女(母)とのお見合いをきっかけに帰郷。大杉家の婿養子として、いとしやの立て直しに取り組みます。
父方の祖父が佐伯の老舗呉服屋に務めていたことから、いとしやにヘッドハンティング(笑)し、業態を卸売から小売へ、生地や綿などの素材屋から寝具と洋服、そして呉服を扱うお店へと生まれ変わらせました。
(昭和40年代のいとしや)
洋服もかなり力を入れていたようです。(お客様よりマネキンが多いような気がする。笑)
とにかく圧倒的な品揃えで地域1番店を目指す!
2階は呉服のコーナー
その後、父方の祖父が病で亡くなったのをきっかけに呉服の取り扱いをやめ、「寝具で地域No1を目指す!」と決意。寝具専門店「いとしや」が誕生しました。
当時「いとしや」では、1階で普段使いの寝具、2階でブライダル寝具を扱っていました。1980年くらいまでは、まだ「ベッドで寝る」という西洋文化もこれからという時代、お布団は、「嫁入り道具」の一つとして考えられ、いとしやで扱う婚礼寝具セットは大変好評でした。
また、現在いとしや本店前にある店舗では「こたつ布団」を取り扱い、地方都市では珍しく圧倒的な種類の商品を並べていたことから、夏でもこたつ布団が売れるほどで、「九州でこたつ布団を1番売るお店」として業界内でも有名なお店となりました。
その後、佐伯市の大手スーパーやホームセンターでもこたつ布団を扱うようになりましたが、そんな中でも「いとしやさんは、いいものを扱うお店」と認知されていたほどで、扱う商品の品質に関してこだわりを持ち、大手メーカー西川をはじめ確かな取引先から確かな商品を厳選して仕入れ、80年代当時いとしやは売り場面積においても、売上規模においても名実ともに「寝具専門店で大分県No.1のお店」にまで成長することができたのです。
そんな中、1992年、長男である私がこのいとしや佐伯本店を継ぐために帰郷しました。
大学卒業後、いずれは家業を継承することを目指し、(当時バブル真っ只中の東京で)大塚家具(現IDC大塚家具)にて4年3ヶ月の修行の後のことでした。私は27歳。今思えば、あの空前のバブル期に、東京でインテリアの知識や経験知を積めたことは、今日の私の商売への思想を形成するための貴重な財産になっていることは間違いありません。
80年代以前、欧米化による生活様式の変化が訪れる前までは、佐伯市内では寝具店の競合も少なく、いとしやは名実ともに大分県No.1のお店でしたので、生活必需品である寝具は、その規模や品揃えの量、そして価格の安さが、そのお店で買う優先すべき理由でした。例え、その寝具を自分達が使っていなくても・・・。(洋服などと違い、寝具は一人1枚、若しくは1個でことが足りますので・・・。)
80年代以降、バブル崩壊直前までは日本も欧米化がぐっと進み、畳はフローリングへ、敷布団はベッドへ、綿布団は羽毛布団や羊毛布団へと日本人の生活様式は大きく変わり、物質的な豊かさに多くの人々が満たされていきました。
そんな中、これからの寝具店のあり方を自問自答続けていたある日、ふと考えがよぎりました。
「そもそも自分は布団を欲しい(欲求)とは感じていない(ないと困るものではある)」。それなのに「自分が欲しいと感じていない(欲しくない)ものをお客様に売ることは、正しい商売のあり方なのか?」と。
例えば「料理屋さんであれば、自分が食べて美味しいと思わない(もしくは食べたことがない)ものを、お客様におすすめして良いものか?」と・・・。商人として、たった一度しかない人生を使うに値するのか?! 心が揺れました。
これではダメなのでは?と試行錯誤していたちょうどそのタイミングで、あるメーカーさん主催の若手後継者の研修会で、当時まだ無名だった小阪裕司先生の一言に胸を打たれました。
「これからは(布団という)モノではなく、お店(いとしや)自体を売っていく時代になる」と。この言葉をきっかけに「いとしやを売る」とはどういうことなのか?を真剣に考えはじめました。
このことを先代の社長(父)へ話すと、当時は話の内容を完璧には「理解」されていなかったように思うのですが、私が伝えようとしていることに「共感」してくれました。
「とにかくまぁやってみい」父からはそんなメッセージをもらい、3代目である私の新たないとしやづくりがスタートしたのです。
「いとしやを売っていく」。日々このことを考え続けた結果、「いとしやを売るのであれば、=物に捉われることなく、喜ばれるなら何(形のないもの)を売ってもよいのだ」という考えに行き着きます。
商品は布団に限らず、家具や雑貨、お客様にいとしやの基準を気に入ってさえいただければ、車や家だっておすすめできるはずです。
そこで大切になるのが「基準」でした。いとしや独自の「基準」です。世の中にある全てのモノを「いとしや基準」のフィルターを通して選りすぐることができれば、「布団を売る」から「いとしやを売る」ことになると考えたのです。
こうした思いを巡らせていた1993年のある日、いとしやは不運に見舞われます。本店の対面にあった店舗(当時ブライダル館)が放火にあい、屋根、柱、外壁以外全焼してしまいました。犯人は佐伯で無差別の放火を3件繰り返し、その2件目がいとしやでした。
放火によって店舗は全焼、商品である布団は全て燃えてしまいました。「この先この店舗をどうしようか」と考えた結果、この店舗を「いとしやを売るための拠点として生まれ変わらせよう」と決意します。
こうして1993年秋、店舗面積50坪のライフスタイルショップ(ones own by itoshiya)をオープンすることになりました。(当時はライフスタイルショップという形態さえ理解してもらえなかったと思います。単純に「素敵な雑貨屋さんができた」みたいな・・・)
1993年当時の店舗
店名の(ones own)とは「自分らしさ」という意味です。(ones own)では、陶器や家具、キッチン用品はじめ調味料、質の良い生活雑貨、バスタイム用品やサプリメント、アロマオイルなど、生活を豊かにするアイテムをいとしや基準で選定し取り揃え。
手前味噌にはなりますが、当時の地方都市佐伯では「何、この店?」と驚かれるほどのハイセンスなお店でした。(かなりいっちゃってましたね。笑)
お店の一角にはカフェのようなカウンターを設えました。
実はここが一番大事なお客様とのコミュニティースペース。
世の中はまだまだ便利さや合理性の方が好まれ、物質的な欲求の時代で、「丁寧で質の良い暮らし」という価値観が完全には浸透していませんでしたが、それでも目の肥えたお客様や、自分らしさを探しているお客様には好評で、多くのリピーターにご来店いただき、お店のファンになって頂きました。
それから3年経った1996年、31歳で社長交代(父は会長に)、佐伯本店と並行して、会長の夢であった大分店(大分市)をオープンさせました。
佐伯と大分を往復する日々、気がつけば『眠り屋』としては不自然な(眠れない)慌ただしい生活を送っていました(笑)。大分店が順調に成長し、これからは大分店が主力の市場になっていくだろうと感じたことから、私自身も家族と共に大分へ引っ越しました。
佐伯のライフスタイルショップ(ones own)は信頼のおける店長に運営を任せていたのですが、その店長が円満退社を機に、二足の草鞋に限界を感じ、佐伯のライフスタイルショップを閉店することにしました。現在は貸店舗として営業を行い、色鉛筆画教室&ギャラリーと、美容室に生まれ変わっています。
大分店を私が切り盛りしている間、佐伯本店は父親が中心となり営業を続けてきました。創業当時から「地域一番店」をモットーに運営していた佐伯店は、多くの皆様に喜ばれるお店でなければならないということから、お客様の多様なニーズに数多くの商品を揃えることで対応していました。
お客様のニーズにだけ応え続けていくと、お店として「何が本当に売りたいのか?」、お店の基準が見えづらくなってきます。
時代とともにニーズが更に多様化していく中で、こうした矛盾を感じはじめ、大分店ではいとしやが本当に売りたいもの(商品を通じた伝えたいメッセージなど)を「いとしや基準」で選定し、しっかりとその「価値を創造し伝える」ことを大切にした店舗運営を行いました。
大分店での手応えから、会長である父の引退を機に再び佐伯店を引き継ぐことになりました。
これからの佐伯店について
今でこそ大分店は順調に運営できていますが、軌道に乗るまでは、大分店は佐伯店の古くからのお客様の応援によって支えられました。
これまでの歴史を振り返っても、いとしやは佐伯の皆様に応援され育てて頂きました。そうした御恩を大切にし、これからはいとしやを支えてくれた佐伯のお客様へ睡眠を通した恩返しをしたいと考えています。
改めて佐伯店と向き合いはじめると、佐伯のお客様もお店とともに高齢化が進み、体の不調や暮らしに対しての不具合、睡眠に関しても多くのお悩みを抱えている方々が増えてきているように感じています。
ですがそうした悩みや不安を気軽に相談できる専門家がいません。
佐伯市にも郊外型の量販店やホームセンターが進出し、近年ではインターネット通販やTVショッピングのような電波通販などによる、物としての寝具(情報)は溢れかえっています。しかし多くの方が、自分には何が必要なのかという正しい答え(情報)が見つからず、彷徨っているのが現状です。
いとしや佐伯店は、一人ひとりのお客様に寄り添い、傾聴し、「その人にとって、より快適な眠りの質を得るための寝具を選択する際に、本当に必要な『コト』は何か?」をしっかりと選定し、提案できる専門家がいる『眠り屋』に変わります。
この度いとしや佐伯店は「いい眠りを通して、故郷に貢献したい」との想いから、店舗リニューアルを行いました。
取り扱う商品も以前の店舗と比べ種類を絞り、本当に心地よい眠りのために、眠りのプロが「いとしや基準」で厳選し、睡眠環境診断士・睡眠健康指導士(上級)の資格を持った店主が、お客様にとって最適な睡眠環境を提案します。
また寝具とは本来「目で見て選ぶもの」ではなく、「目を閉じて全身で感じて五感で選ぶもの」であるという想いから、いとしや佐伯店は全ての商品を【ゆっくりと体感できる空間】作りにこだわりました。
いとしやが掲げる「アフター9のリラックス」を五感で感じて頂くため、イメージカラーのブルーを基調に、陰影を大切にした温かみのある灯りで、ご来店いただくお客様がゆったりとリラックスして睡眠や身体の不調に関して、気軽にさまざまな相談ができる場所を目指しています。
【体感】していただくことを通して、眠りの大切さを【実感】して頂きたい!
店頭にたくさんの商品が並びセルフで選ぶ量販店や、触れることさえできない無数の商品が選べるインターネットショップに比べれば量的品揃えは少ないですが、いとしや佐伯店を一度訪れて【体感】して頂いたお客様には、「こういうお店を探していたのよ。」と言って頂けると思います。
よっぽどの縁で訪れて頂く皆様にとって、いとしや佐伯本店は「目で見てモノを選ぶ」お店ではありません。物としての商品は買って頂きたくありません。
「体験を通して、まずは眠りの本当の大切さに気付いて頂き、その基準を持って自分らしい眠る環境を整え、素敵な未来を受け取って頂ける」場所でありたい。
是非、ゆっくりと目を閉じて、その快適さを体感して頂ければ幸いです。
いとしや店主
この記事を書いた人
大杉 天伸
睡眠環境診断士 睡眠環境コーディネーター 睡眠健康指導士昭和40年11月1日大分県佐伯市に生まれ。高校を卒業後上京。大学を卒業後、大手家具専門店(大塚家具)に入社。ここでインテリアの基礎知識と経験を4年半積む。1992年寝具店の家業を継ぐため帰郷。2年後あるメーカーさんを通じ不思議な魅力を持つエヴァンジリストという肩書きの小阪裕司先生と出逢う。この運命の出逢いが、いとしやのビジネスモデルの原点。1996年『布団屋』から『眠り屋』へというコンセプトで大分店オープン。
- 日本睡眠環境学会『睡眠環境コーディネーター』
- 日本睡眠環境研究機構より『睡眠環境診断士』
- 日本睡眠教育機構より『睡眠健康指導士』
- ドイツで行われる寝具と家具(ベッドマットレス)の国際見本市を毎年視察継続中。
- 大分放送(OBS)ラジオ『快適睡眠のすすめ』パーソナリティーとして毎月出演中。
- これまでに、メディア(TV・新聞・情報誌など)取材、産業界・官公庁・学校・自治会などでの講演の実績も多数。